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カテゴリ:生活

夫婦間の移植を考える

「移植した腎臓はいつまでもつかな…」

移植した人であれば誰でも考えると思います。

自分の腎臓ではない以上、今の医学ではどうしようもないことでいつかは自分にもそういう日が来ると覚悟はしています。

そうなったとき、やっぱり普通の生活を今体感している自分はまた移植したくなることは間違いありません。

しかし、移植しようにも次はどうなるのか。

まだ20代と若いときは兄にもらうことを考えていましたが、それぞれの家庭もでき心境も変われば「腎臓をくれ」なんて簡単に言えるはずもないなという気持ちになります。年を重ねるということは理解できることが広がる=どんなことに関しても勢いというのは衰えてしまいますね。

嫁がドナーになることを考えたとき

私は子供はいません。嫁とペット(犬2頭)と暮らしています。

あるとき、今は兄弟・親以外に夫婦間の移植も増えているというのを知って一瞬嫁のことを考えたことがあります。

でもそれってどうなのか。

いろいろ意見はあると思います。既に夫婦間で移植した方は否定的な意見を持っている人なんていないだろうし、夫婦間の移植でなくても次の移植には夫婦間で検討している人も。

でも自分の場合で考えてみた結果、それはないなという結論になりました。もしかしたら今後変わるかもしれませんけど、今のところ、そこまではしたくないというのが正直なところです。

逆に嫁が提供される側として自分がドナーの場合、本人が望めば提供してあげたいです。でも自分が提供される側だと既にいろんな経験をしているせいか前向きになれません。

私は小学6年生のときから慢性腎不全を発症し、透析をするまで10年間いろいろ体の不調を感じました。透析をはじめてからもそうです。常にというわけではなく調子がいい時期が長いこともありましたが、今考えれば腎不全が原因でそうなったのかなと思うことがたくさんあります。

腎臓はひとつでも十分機能してくれると言われていますが、もしもその一つがダメになったらどうでしょうか。絶対なんて健康の面ではありえません。嫁がもし腎臓病を患ってしまったらと考えると夫婦間の移植は前向きになれません。

既に夫婦間で移植している方にとっては不快な内容になってしまったかもしれませんが私個人が今思う正直な意見です。実際今の腎臓は夫婦間ではありませんが母親に提供してもらっていて、いつも同じような不安があります。

移植については全く後悔してませんし、これからもできることならしたいと思います。ただ夫婦間となるとというところです。

今日はネガティブネタになってしまいましたが、また考えが変わるときがくるかもしれないのでその時は、またその時の気持ちを書き残したいと思います。

それではまた。

コメント 2 件

    • ねこちゃん
    • 2014年11月25日 9:09 PM

    どんな方法の移植であれ、レシピエントはドナーさんの分も一生懸命に生きなければならないと私は思います。
    私の場合は兄が独身で同居していた事もあり移植に至りました。
    兄にもこれからの人生がある、結婚して家族が腎不全になった時に困るかも知れない、私に提供した事を後悔するんじゃないか……。
    色々悩みました。
    でも兄は「今のお前が少しでも元気になってくれればそれでいい」と言ってくれました。
    私の辛そうな姿を見るのが辛かったのでしょうね。
    提供してくれる方はこの人を助けたい、この人が助かるなら自分の臓器を提供しようと思うんです。
    その思いを医療関係者(コーディネーターさんや看護師さん、主治医、執刀して下さるチームの先生方)が全て受け入れて移植という「形」になるのではないでしょうか?
    夫婦のあり方、肉親のあり方、お互いの考え方は多々ありますが頂いた人はその思いを精一杯に受け止めて欲しいですね。

    • kidney
    • 2014年11月26日 11:28 AM

    ねこちゃんさん

    コメントありがとうございます!
    確かにいろいろ考え方があると思います、そして提供してもらった人はドナーの思いを精一杯受け止めるべきだと私も思います。母にいただいたこの腎臓ができるだけ長く機能してくれるよう常に感謝は忘れず食生活には特に気をつけて、いつまで持つかわかりませんが大事にしていきます!

    そして移植した方の腎臓がもっと長く機能できるよう常に医学の進歩を期待してます。

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